スキー技術習得カリキュラム(初級・中級編)
初めに
スポーツは科学です。 その運動を物理学的に解析、理解し、理に適った一番効率の良い身体の使い方を知った上で練習を積み重ねて行く事が上達への最短距離になります。
動いている物体には運動エネルギーと呼ばれる力が発生しますが、自身の体に生じるこの運動エネルギーをいかに効率よく対象物に伝えるか、走る時は地面に、球技の時はボールに、スキーでは雪面に、無駄なく伝える事が出来る体の使い方を突き詰めていかなければいけません。
つまり最重要なのはフォームです。フォームこそがスポーツの本質なのです。
この事はどのスポーツに於いても言える事なのですが、摩擦力の少ない雪の上で行うスキーでは更に重要になります。
つまり、摩擦力の大きい地面の上では許容される様な大雑把な動きが雪面では通用せず、ほんの少しのバランスの欠如が大きな失敗に繋がってしまうという事なのです。 スキーでは自己流は通用しません。
スキー滑走中、微妙なバランスを保ちながらスキーヤーは移動している訳ですが、その際、スキーが雪面に接しているエッジ部には色々な
ベクトル(大きさと方向を持った力) が働いているのですが、それらはスキーヤーが形造るフォームによって変化します。
つまり、最高のバランスを保つための最適なベクトルを得られるフォームは自ずと決まってくるという訳です。
その最適なベクトルを得られるフォームこそが正しいフォームであり、それを知った(あるいは教えた)上で練習に取り組む(取り組ませる)事が上達への早道という事になります。
雪上で行う動きは地上で行う動きとは一見真逆に見えるくらいの違いがあり、簡単に正しいフォームを手に入れる訳にはいきません。しかし、フォームを形作るうえで大事なポイントをしっかり認識しながら練習に励めば比較的短期間でそのフォームを身に付ける事が出来るでしょう。
そのポイントはたった3点
1)脛の前傾を保つ
2)上半身の前傾を保つ
3)外向傾姿勢をとる
これだけです。 これだけの事が完全に出来るようになればコブ斜面も自由自在。
逆に言うと、コブ斜面を滑れないうちはまだ正しいフォームが身に付いていないという事が言えるのです。
スキーは地上でやるスポーツの動きが通用せず、一見難しいスポーツのように感じますが、上に書いた様にやる事は3つだけ、それさえ出来る様になればあっという間に上手くなる事が出来ます。 他のスポーツの様に色々な動きを覚えなくてはならない物より圧倒的に簡単であるとも言えるのです。上手くなるには基本が大事、スキーに於いてはこの3つの基本を身に付ければ鬼に金棒です。
それではこれよりこれらについて詳しく解説していきますが、その前にスキー運動における最重要課題とあらゆるスポーツにおける基本姿勢、及びスキーにおける基本姿勢について書いておきたいと思います。
〇スキー運動における最重要課題
これはもう
スキーの重心とスキーヤーの重心を常にシンクロさせると言う事につきます。
この場合のスキーの重心とは、スキーのある部分に力を加えた場合にスキー前半部分と後半部分とに同じ力が分散して伝わり、スキーのサイドカーブがきれいな円弧を描いてくれる部分ということであり、普通スキーの一番くびれた部分から10p程度前方地点になるよう設計されていると思います。
バインディング(スキーとスキーブーツを結合させるための金具、ビンディングとも呼ばれる) はスキーブーツ内の母指球辺りがこのスキーの重心位置近辺に来るように取り付けられています。
つまりスキーヤーの重心もこの位置になければならず、滑っている間中常に母指球近辺から重心が移動しないよう注意しなければいけません。
ターンの最中やターンの切り替え時にベクトルは刻々と変化していきますので、スキーヤーの重心も前後左右に常に変化していくのですが、意識しなければいけないのは常に母指球に重心を置いておくという事。 スキーから離れず、スキーと一緒に滑って行くという思いが非常に大切です。
〇スポーツにおける基本姿勢
普通に立った場合、体の重心は臍(へそ)辺りにあるといわれますが、下半身が急に前後左右に動いた場合上半身には慣性が働き、結果、足裏の重心位置が最適位置から移動し、力の伝わり方の効率が悪くなってしまいます。
これを防ぐ為には、腰を落とし上体を前傾し、重心を股関節辺りまで下げておく必要があります。
この際、かかと側に重心を乗せるのではなく、必ず母指球辺りに重心が来るようにしなければいけません。 でないと次の動きに素早く移ることが出来ませんから。
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一番わかりやすいのは、サッカーのゴールキーパーが相手フォワードの
シュートに備えて構える姿勢でしょうか。
前後左右、上下へもいつでも反応できるよう身構えたフォームです。
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一方、スキー場のゲレンデで見る一般スキーヤーの多くの方は、膝を軽く前に曲げ(スキーブーツの脛の部分は前傾角が付いているので普通にこうなる)、上体は立ったままで斜面を滑り始めますが、動き出した瞬間慣性が働き上体がほんの少し後ろに引かれ、結果、ブーツの中の重心位置が母指球から踵側へ移動してしまい、結局、その状態のまま最後まで滑り続けてしまうという場合が多々見受けられます。
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このように重心を高い位置に置いた場合、その地点の移動距離が僅か2〜3pでも足裏の重心位置は10cm程移動してしまう事になり、このようなフォームで滑り続けていると常に踵荷重で滑る事になり、そこから抜け出す事が難しくなってしまいます。
このまま自己流で続けていった場合、緩斜面ではそれなりに滑ることが出来るようになっても、斜度がきつくなった場合の加速度のアップに対応できず、急斜面ではターンを十分にコントロールすることが出来なくなってしまいます。
と言う訳で、スキーにおいてもこのスポーツの基本姿勢は最重要であり、たとえ緩斜面でも、滑り始める前に重心を股関節の位置まで下げて上体を前傾させたフォームを取る様心掛けなければいけません。 |
〇スキーにおける基本姿勢
スポーツをするときに履く普通の靴の場合、足首の柔軟性は確保されており前後への動きは制限されていませんので、腰を下げていっても脛の前傾を増してやれば母指球辺りにある重心位置を変化させずに済むのですが、スキーブーツの場合は前傾角度が決まっている為、ある程度以上腰を下げていくと、それに伴って足裏の重心位置は踵方向へ移動してしまう事になります。
当然これでは拙いので、上体を前傾させて頭を前に出し重心位置を前に戻す必要があります。 つまり、体の部位で一番重い頭をバラストとして利用すると言う訳です。
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この場合大事な事は、頭の位置をより前方へもっていく為に、背筋をまっすぐ伸ばし股関節
を中心に曲げていくという事です。
この様にすることで、重心を股関節辺りまで落とし、かつ足裏の母指球に重心を保つフォーム
を手に入れる事が出来ます。 |
この腰を落とすというスポーツの基本のフォームをとる過程において、先に述べました重要ポイント3点のうち2点(脛の前傾、上半身の前傾)が出てくる訳で、スキーに於いて、最初にこの基本フォームを身に付ける(身に付けさせる)事がその先の上達にとても役立つ大切な事なのです。
それではこれより、この基本のフォームを保つ為には体の各部をどのように使わなければいけないのか、どのような意識を持たなければいけないのか等を初めとし、ターン技術の取得方法を箇条書き形式で詳しく書いて行く事に致します。
索引
1) 準備及び基本操作
2) プルーク基本の構え
3) プルークでの滑走1
4) ターンの導入
5) プルークでの滑走2(連続ターン 1)
6) ストックの突き方
7) パラレルターンへの移行
8) パラレルターンの完成
初めてスキーを教わる場合、当然の如くプルークの形を取らされ、そして滑走を始めることになります。
しかし多くの場合、思うようにスキーをコントロールする事はできず、それなりにターンが出来るようになるにはそれなりの時間が掛かり、又、ターンの正確さにも問題を抱えたまま何となく経験を積み重ねていくうちに何となく滑れるようになっていきます。
そこから数年はどんどん上達していっているように感じ楽しい時間を過ごせるのですが、さらに上手くなりたい、もっと難しい斜面を滑りたいと思い始めた頃から、自分の技術や上達具合に疑問を感じるようになり、そこで二通りのパターンに分かれて行く事になります。
片一方はそこから徐々に興味を失い、最終的にはやめてしまう人。おそらく大部分の人がこのグループに属するでしょう。
残りは、技術を根本的な部分から捉え直し身に付けるべく、一から勉強し直そうと考え行動する人達です。
つまり、極一般的な教わり方で始めた人達(まったくの自己流で始めた人達も含め)は、必ず壁にぶち当たり、そこまでに費やした時間の大部分は無意味な時間であったという事になってしまいます。
これは素人に教えてもらうという場合だけでなく、スキー学校のインストラクターに教えてもらう時にも言える事です。(実際、スキー場のインストラクターの教え方や、DVDビデオ内の教え方を見ているとそう感じます)
私が長い時間掛かった末にやっとの事コブ斜面を滑れるようになった時感じたことがあります。 それは、
『コブ斜面を滑れないという事は、基本が完全には身に付いていないという事なんだ』 という事です。
と同時に、スキーを始めた時点で、きっちりとしたスキーの基本フォーム、つまりコブ斜面を滑る為に必要なフォームを教えてあげることが大切なのだと確信したのです。
今までのようにあやふやな教え方ではなく、スキー運動を力学的に解析し、真理に即した体各部の使い方を導き出した上で、フォームと同時に何故そのフォームを取らなければいけないのかという知識も教える必要があるのではないかと強く思ったのです。
何事も初めが肝心。 最初のボタンの掛け違いは、時が進めば進む程間違いが積み重なり、最初の状態に戻る事を困難にしてしまいます。
スキー技術も同じです。 最初に身に付けてしまった間違った体の使い方は悪い癖として定着し、正しい技術の習得をその先長い間にわたり妨げる大きな要因となってしまいます。
再度申し上げますが、スポーツはフォームです。 摩擦力の少ない雪面上で行うスキーはとりわけフォームが重要なスポーツです。
正しい重心位置を保つ為の正しいフォームを身に付けさせる為には、スキーを始める最初の瞬間から、論理的で揺らぎのない体の使い方を教え、意識させ、繰り返し練習させる事が必要なのです。
その正しいフォームの作り方を、体各部の細かい使い方から持つべき意識にわたるまで、イラストを交え書いてきましたが、果たしてうまくお伝えすることが出来ましたでしょうか。 出来ますれば何度でも読み返しご理解頂き、ご自身の上達やお子様の指導等にご利用頂ければ幸いです。
次のページでは、より対応力のある技術に基づく、より洗練された滑りと不整地バーンの滑りについて書いてみました。
スキー技術習得カリキュラム(上級編)に続く
2022年11月18日・記